中学時代の国語の教科書に載っていた「オツベルと象」が結構好きだった。
あまり本を読まない私だが、なんとなく気に入ってしまったのだ。
当時は漠然とした感覚や語感やリズムが気に入っていたのだと思うが
今になって考えてみると、かなりいい話(感動とかじゃなく)ということに気がついた。
オツベルと象は当時の社会の風刺であると同時に人間の罪とは何なのかを問う物語だ。
オツベルは政治家や経営者
白象は市民や労働者
サンタマリアは宗教や心のよりどころ
月は偶像
オツベルは経営者としてはかなりのキレ者で、純粋な労働者である白象を
雇用して一儲けすることを考え付く。
純粋な白象はオツベルの口車にのってよろこんで働いた。
利益がでるとオツベルはさらに儲けを出すために白象に与える食事(給料)を減らす。
それでも白象はサンタマリアに祈りながら、幸せを祈っている。
オツベルの仕打ちが酷くなるにつれて白象はどんどん衰弱してゆく。
しかしオツベルはさらに利益を追求する。
そうして白象が仲間に手紙を出して、それを見た象達は怒り狂う
やがて象達(労働者)が一丸となって、オツベル(会社)に復讐をしてオツベルは死んでしまう。
ま・革命ですな。
しかし、この物語は単に経営者が労働者を搾取し続けいている社会に復讐するというものではない。
仲間の象に助けられた白象は最後にさびしく笑ったのだ。
確かに自分は助かったが、誰かの犠牲の上に成り立っている幸せは、本当の幸せなのだろうか?
信心深い自分の心の神様に背くことではないのだろうか?
心の支えであるサンタマリアを裏切ってしまったのでは?
あのとき象に話しかけてきたのはサンタマリアではなく月である
白象は月にサンタマリアを見出していたが、実際には月は偶像であり
密告者となった。
もはや象はサンタマリアも自分も信じられなくなってしまったのではないだろうか。
そして同じような道をすすもうとする仲間の象。
最後に、そちらに行ってはいけないと警告する白象。
悲しいくらいに時代は繰り返してしまうものだ。
月曜日, 11月 12, 0019
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